「チェンソーマン」ザ・ステージ 原作未読者の感想――最も美しい関係は無償の愛で、最もエロい関係は支配だ

本稿では、ネタバレ配慮は一切しない。

■前置き

以前から気になってはいたが、グロいのが苦手なため、原作漫画にもアニメにも手を出せずにいた『チェンソーマン』。

舞台版に佃井皆美さんと岩田陽葵さん(※)が出演すると知り、舞台ならグロさにも限界があり、耐えられるだろうと思って観劇を決めた。

※2人は舞台とアニメの二層展開式プロジェクト「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」に共に出演していて、私の特に好きなキャラを演じている。なお、佃井さんのキャラはアニメには登場しない

残念ながら全くの「ミリしら」ではなく、SNSでの受動喫煙

・主人公の極貧の少年デンジがチェーンソーの悪魔と契約しチェンソーマンに変身する

・デンジは「支配の悪魔」マキマの下で、公安のデビルハンターとして働く(どうして支配の悪魔が公安の偉い人をやっているんだ?)

・デンジは公安デビルハンターの先輩である早川と悪魔の「パワーちゃん」と共同生活を営み、家族のような関係になっていく

・第一部終盤で主要登場人物の大半が死亡し、デンジはマキマを生姜焼きにして食う(どういうことだよ!?)

・その他、断片的なシーンの数々

等は知ってしまっていた。

原作もアニメも知らないのに舞台を見た経験としては、新作歌舞伎「NARUTO」と舞台「鬼滅の刃 其ノ弐 絆」(配信)があり、どちらも楽しめたので、察する力、リテラシーのようなものは十分あると自負している。

■劇場を支配する平野綾さん

第一部の何割くらいまでを描くのかも分からないまま(アニメでどうだったかも知らない)、幕が上がる。

いきなりデンジの悲惨な設定が開示される。あっけらかんと語る姿がむしろ哀しさを誘う。

あれよあれよという間にやられてしまい、ポチタがデンジの心臓となって(一人称「わたし」なのが意外だった)、デンジが復活。チェンソーマンとなる。ばったばったとゾンビを切っていく。実写版ワンピースの道化のバギーも驚く派手さで、腕や身体の一部が飛び交う。グロい。グロいが、このくらいならまだ耐えられる。想定通りだ。

構造的には「変身ヒーロー」ものといえるチェンソーマンだが、アクションはヒロイックではなく、何を考えているかよく分からない感じで不気味だ。「タローマン」ともまた違う奇妙なポーズが印象に残った。

ゾンビの悪魔を倒したチェンソーマンは、疲れたのか変身解除して倒れる。そこに登場するマキマ。劇場内の空気を一瞬で変えた。たとえ「ミリしら」で見ていたとしても高位で重要な人物分かるオーラ。デンジだけでなくこちらの生殺与奪権まで握られているかのように錯覚する。厳しい、いかめしい雰囲気ではない。むしろ優しい雰囲気とすら言える。フェミニンな支配。初めて他人に優しくされたデンジでなくても、夢中になってしまうのがよく理解できる。私もこういう感じで他人を支配したい。

マキマのシーンで特筆すべきは、少し飛んで、デンジがコウモリの悪魔を倒した件について大量の書類を書かされるくだりだ。デンジと手を合わせ、そしてデンジの指を噛むマキマ。デンジ役の土屋直武さんの受けの芝居が素晴らしいのはもちろんだが、やはりマキマ役の平野綾さんがすごい。性的な部位を全く使っていないのに、非常にエロティックな雰囲気になっている(世の中には「指フェラ」という概念はあるらしいが……)。全く色気のないパワーちゃん胸揉みシーンや、結局振り払う姫野とのベッドシーンとは好対照だ。

マキマは完全にデンジを支配しているし、マキマ登場シーンでは平野綾さんが劇場を支配している。

ところで、今思うと、マキマが支配の悪魔(の魔人?)というのは重大なネタバレではないだろうか……。

■やっぱりグロかった

いきなりデンジをボコボコにする早川に驚いたり、パワーちゃんが「力の悪魔」ではなく「血の悪魔」の魔人であることに驚いている(たしかに血を怖がる人は多いもんな……)と、コウモリの悪魔・タコの悪魔(?)戦に突入。インターネットで見たことのある「夢バトル」がここで登場して、自分の中で盛り上がる。まさかデンジの夢が「女の胸を揉むこと」という文脈だったとは。

永遠の悪魔と戦うホテルへの突入で、お目当ての岩田さんと佃井さんが本格登場。

コベニちゃんはオドオドしていて、パニックになって足を引っ張ってしまう。ネットで激しく嫌われるタイプのキャラクターだと思った(私自身はさほど嫌いではない)。人気キャラだと認識していたので意外に感じたが、飲み会後の「人のお金で飲むお酒が一番美味しいですね」という図太いセリフや、蛇女戦での実力を見て、人気に納得した。契約悪魔が明かされることはあるのだろうか。私服が可愛い。コベニちゃんの私服みたいな服が似合う容姿になって、コベニちゃんの私服みたいな服を着て生活したい。9月22日12時公演を観たところ、カーテンコールの最後にコベニちゃんが一人で出てきてちょっとパフォーマンスをしてくれたのが嬉しかった。

ホテルの8階に閉じ込められたことを示す演出は、舞台空間を上手く利用していて面白かった。

そして永遠の悪魔の登場。私は事前に思い至っていなかった。今時、液晶パネル・LEDパネルやスクリーンの映像表現を使用した舞台は珍しくなく、2.5次元舞台ともなればむしろ必須であることを。映像で登場した永遠の悪魔はグロすぎた。悲鳴を必死で我慢した。うねうねと動くのが気持ち悪すぎる。これなら多分漫画の方がマシだった。永久とも思える戦いをチェンソーマンが制して、第1幕終了。

■人類はまだ、タバコに代わるハードボイルド小道具を発明できていない

佃井さん演じる姫野を語る上で欠かせないのはタバコだ。年々タバコを取り巻く環境は厳しくなり、フィクションにも登場させにくくなっている。チェンソーマンの時代設定は90年代らしく、現代よりはタバコが幅を利かせていた時代だ。匂いに特徴があり、温度を感じ、火やタバコ自体の貸し借りによる絆の描写、間接キスまでできる。自分で吸う気は1ミリもなくとも、やはりカッコ良く感じてしまう。

タバコという小道具も手伝って、この舞台でストレートに一番カッコ良かったのは姫野だと思う(贔屓目もあるかもしれない)。姫野自身のアクションがあまりなかったのは残念だが、アクションがなくても佃井さんはカッコ良いんだと知れた。

姫野の、早川に対する気持ちは、性愛もあるのだろうが、自分の全てを代償に救ったのだから、無償の愛と言って過言ではないだろう。自己犠牲なんて今時流行らない。「蒼穹のファフナー」ですら自己犠牲をやめた。でも、あの時、強大な敵を前に、ああするより他なかった。劇を観ている間は自然に受け入れられた。

舞台でちょっとよく分からなかったのだが、デンジのチェーンソーのスイッチを引いたのは姫野の意思ということで良いのだろうか。

タバコに書かれた「easy revenge!」が泣かせる。まず「easy」と「revenge」の取り合わせが通常あり得ない上に、銃の悪魔を相手にするのは「easy」とは対極だ。そんなことは百も承知で「easy revenge!」。本当は生きてほしいから公安を辞めて復讐をやめてほしい気持ちもある。あまりにもつらい。

病室で泣く早川を見てデンジが自問するシーンが最も分かりやすい、典型・定型から外れた心の動きをする主人公がここ数年大好物だ。

デンジとパワーを鍛える岸辺もカッコ良かった。酒(しかもスキットル!)も重要なアイテムだ。

岸辺のセリフを借りて、サムライソードを倒し、その後始末で幕。サムライソード(変身前)のキャラクターが最初からずっと不愉快で良かった。

続編を強く希望する。佃井さんと岩田さん目当てで観に行ったというところがあり、姫野が死んでしまったので続編があっても恐らく佃井さんは出ないだろうが(何らかの形で出てほしいが)、たとえ佃井さんが出なくても続編は絶対観たい。コベニちゃん役が岩田さんから代わっても観に行くかは少し考えさせてほしい。

■まとめ

・大満足

平野綾さん演じるマキマさんを体験するのはチケット代以上の価値がある

・本文では触れなかったが、エフェクトがかかるせいもあり、一部聞き取れないセリフが発生するので、正確で深い理解にはやはり漫画が優れる